何故そう思ったのかと聞かれれば、私ははっきりと答えることはできないだろう。ただ何となく。そう、ただ何となくそう思ったのだ。アパートの隣人から壁越しに盗聴されていると。

例えば留守だと思っていた隣人の部屋とを隔てた壁からミシミシ音がすること。例えば部屋の中で絶対に隣には聞えないはずのボリュームで隣人の悪口を言った翌日、台風でも倒れないようにチェーンで固定されたはずの我が家の自転車が倒れていたこと。他にもたくさんある。数え上げたらきりがない気味の悪い数々の出来事が、一つの真実を嫌でもあぶり出す。

思えば隣人が引っ越してきた当初から、嫌な予感を抱いていた。子供を2人連れたごく普通の夫婦。一見普通の家族のように見えるけれど、歪んだものを心に抱えている人間というのはにじみ出てくるし、隣に住んでいればそれが嫌でも見えてくるものだ。それに気づいてアパートの管理会社に相談してみたけれど、「証拠がないとどうすることもできない」と言われてしまった。さらに警察に相談しようと思ったが、驚くことに盗聴ってそれ自体は罪にならないとのこと。八方塞がりになってしまった私たちは引っ越そうと考えたが、様々な理由によりそれも断念せざるを得なくなってしまった。危害を加えてこないからまだいいものの、気味の悪い毎日を過ごしている。

以前出かけようと鍵をかけていたら、隣人が鍵をかける私の手元を見ていることに気づいた。まさかとは思うけれど…この人たちならやりかねない。まして今住んでいるアパートの鍵はピッキングしやすいと有名な某メーカー製のものである。それ以来、外出もままならなくなってしまった。せめて一刻も早くディスクシリンダ―を交換して安心して出かけられるようになりたいと、自腹で鍵を替えることにした。親と隣人は選べない、という言葉をひしひしと感じている。